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根室半島のトーチカ群について

この作品の舞台となった北海道・根室半島のトーチカ群は、おもに1944年夏頃から翌45年にかけて、多大な労力を費やして建造された。
これらの防衛陣地は、アリューシャン列島を経由したアメリカ軍による本土進攻を想定して作られたものだったが、実際に千島列島を南下してきたのはソ連軍であった。
しかしアメリカの持つ強大な影響力により、ソ連軍の進攻が歯舞諸島(現北方領土)で止まったため、海峡を挟んだ根室半島のトーチカ群が敵軍に向けてその砲火を開くことはなかった。
当時築城にあたって指揮を執ったのは、第33警備大隊長・大山柏少佐である。
軍人でありながら慶応義塾で歴史学を講じる学者でもあった大山が戦後に記した回想録は、困難な状況下での作業の詳細を今に伝えている。「…各隊とも築城の知識が皆無に近く、その強度も区々であったので、築城学教程をもとに将校教育を行い、まず角材、厚板等の規格を統一した。最初は木材だけであったが、のちにセメントが補給されコンクリート製トーチカを作った。」
戦後、一部のトーチカは占領軍によって破壊され、また工事等でも撤去されたが、現在も十数基のトーチカの存在を確認することができる。

参考資料:大山柏「第三十三警備大隊ー根室防衛の回想ー」(未出版)
     大山柏『北のまもりー大隊長陣中日誌ー』(1989鳳書房)
     『根室市博物館開設準備室紀要』第13号〜15号(1999〜2001根室市博物館開設準備室)



 



 

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